カウンセラーからの【お知らせ】

生きていくのが苦しいと考えているあなたへ

うつ悩む女性

  • これ以上耐えられない
  • もう誰も信用できない
  • わたしのことを理解してくれる人はいない
  • 今すぐにいなくなりたい
  • もうどうにでもなってしまえ・・・

そんなどうしようもできない思いで、悩んでいませんか?

はじめまして。
僕は京都在住のカウンセラー塩澤順哉と言います。

カウンセラー塩澤

37歳の今の僕の気持ちを話すと、悩みはゼロではないですが、毎日ご飯を食べたり、自分の仕事もあって、幸せに暮らしています。

でも、振り返ると20代の頃というのは、僕はうつ病で寝たきりの生活をしていて、毎日布団の中で、死にたい・・・こんな人生嫌だ・・・と涙を流していました。

死にたいけど、死ねない日々・・・

きっとあなたも同じような思いに苦しんでいるのではないでしょうか。

こんな僕がどうして死にたい思いから、克服できるに至ったかをお話させてください。

カウンセラー塩澤

母から認められない、行き場所がなかった幼少時代

なかなか子供を授からなかった両親は、結婚から3年の時を経て待望の男の子を授かります。

それが、僕です。
幼少期は両親に大事に育てられて、立派に成長しました。

と、言いたいところですが、現実は違いました。

僕は勉強が苦手で、母からの期待に答えることができず、

「なぜこんなこともできないの」
「どうしてテストで100点も取れないの?」
「勉強できないあんたはおかしい!」

と、毎日怒鳴られる日々でした。
そんな毎日怒られる日々に僕が感じていたことは、「僕は生まれてこなければ良かったんだ」「僕なんて生きている意味がない」

そんな思いを胸に毎日母と向き合っていました。
頑張ろうとして一生懸命勉強しても、母の期待には一向に答えられない。

幼少期から、学生時代まで、そんな思いをずっと抱いていました。

大学生。人からの愛情を初めて感じた恋人の存在

僕は行きたくもない大学に、母親の言いなりで受験し、なんとか合格して入学することに。

でも、そこで衝撃的な出会いをすることになるとはその時思いませんでした。

当時付き合うことになった恋人のAちゃん

彼女と一緒にいる時間というのは、僕という人間を受け入れてもらえて、好きだと言ってくれて、初めて人から愛されるという体験をしました。

失恋で胃潰瘍・・・そしてうつ病に

彼女との毎日は幸せな日々で一生続けばいい・・・と思っていましたが、彼女の就職、卒業をきっかけに、僕たちは破局を迎えることになったのです。

その破局は僕にはとてつもない悲しさでした。
そして、胃潰瘍になり、うつ病になってしまったのです

当時20歳の僕は、まさか自分が胃潰瘍になるなんて、そしてうつ病になるなんて、想像もしてませんでした。

それから長いうつ病との戦いが始まったのです。

肩書はうつ病ニート。生きることは辛いことと思っていた

うつ病になって、なんとか大学を卒業するも、就職なんてできる訳もなく、日々家で寝て起きての毎日。

うつ病ニートで、何のために生きているのか?と思う日々でした

アルバイトをしてみるものの、長続きはせず、またニートに戻るを繰り返していました。

治したい思いはあったので、すがる思いで、精神病院に通うも、「今は調子はどうですか?薬出しておきますね。」の繰り返し。

僕は病院では治らないし、一生治ることなんてないと思っていました。
生きることってこんなに苦しいんだと、毎日泣いていました。

東大卒で大企業に就職した弟、一方うつ病ニートの僕の格差がより僕を惨めにさせる

僕には、比べ物にならないぐらい出来のいい弟がいます。

東大の大学院まで卒業し、神戸に拠点を置く大企業に就職し、母の期待通りに育った弟。

一方の僕といえば、うつ病でニート。
弟との格差に、より一層惨めな思いを抱いていました。

弟は、そんな僕のことを兄として向き合ってくれていましたが、それでも本当に惨めで家族の中に僕の居場所はないとずっと思っていました。

どんな自分でも愛してほしかった本当の思い

うつ病は治らないと思っていた時に、一つの出会いがありました。

それが、僕がカウンセラーとなるきっかけとなった、カウンセリングをしているT先生との出会いです。

僕は、ずっと失恋でうつ病になったんだと思っていました。

でも、カウンセリングをしている中で気付かされたのです。

ありのままの僕を母親に愛してほしかったということを

勉強ができなくても
仕事ができなくても
有名な高校や大学に行くことができなくても
ありのままの自分でいいんだよ、と言ってほしかったことに、気付いたのです。

僕がうつ病になったのは、母親からの愛情を受け取ることができなかったから。
だから、初めて僕を認めて愛してくれた彼女との別れは、家族との別れ以上に辛いものになったのです。

その思いに気付いたときから、僕はカウンセリングを通して、過去の自分を自分自身で認めていくことで、うつを克服することができたのです

自分の体験談をもとにカウンセラーに・・・そしてカンボジアへ

僕は、うつ病を克服することができ、やっと仕事に就きたいと思えるまでに回復できました。

そんな時に、もっと世の中で同じように苦しんでいる人を助けたい、という思いが湧いてきて、カウンセラーという職業に就くことになったのです。

カウンセラーとして、人の心の仕組み、医療との付き合い方、そして、心の問題への取り組み方を学び、多くのクライアントさんの悩みに寄り添ってきました。

日々カウンセラーとして生きていくだけを目的にしたくないという思いもあり、僕はボランティア活動も行っています。

ちょうど今から2年前、
僕は、多くの子どもたちに教育の機会が与えられるようにという思いで、カンボジアへ学校建設のプロジェクトに参加することもしました。

こんな自分でも人の役に、社会に貢献できる日々が送れた

毎日生きるのが苦しくて死にたいと思うことしかできなかった僕ですが、そんな僕でもカウンセリングを仕事にして、そしてカンボジアに小学校を建設するという社会貢献をすることもでき、多くの人と関わり、役に立つという経験をすることができました。

20代は、うつ病ニートという肩書しか僕にはないと思い込んでいましたが、うつを克服できたこと、死にたいという気持ちに寄り添えたことが、僕の人生を変えられたと思っています。

今、誰にも相談できず、苦しい気持ちを吐き出す場所もなく、もし苦しんでいるのなら、僕にその気持、聞かせてもらえませんか?
誰かに相談することから、少しずつ気持ちの整理をすることができるようになっていきます。

悩みの解決へ一歩踏み出したいと考えるあなたに、役に立つお話をさせていただきます。
続きはこちらになります。
カウンセラー塩澤

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  • この記事を書いた人

京都心理カウンセリング:塩澤順哉

20代のほとんどを「うつ、心療内科通い、求職中状態」で過ごす。 心理学を学び、カウンセリング(ビリーフチェンジセラピー)を受けることで凄く元気になったことから、カウンセラーになることを決意。 このサイトを通じて、20代働いたことなくても、こんなに元気になった人がいる!ということをまず知って欲しいという思いでこのサイトを運営しています。 詳しくはこちらから

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