うつ病克服の京都心理カウンセリング
心理カウンセラーの 塩澤順哉です。

 

カウンセラーになった理由

2007年春。 僕は大切な人を自殺で亡くしました。
葬儀の雨の日のことは、今でも鮮明に覚えています。
僕がカウンセラーになった一番の理由です。

当時、23歳の僕はうつ病患者でした。

あの3月のまだ寒い雨の日のことを
思い出すと、今でも涙が出て来ます。
それでも、僕は、今こうして元気になりました。

当時は無力な上に、
自分も自殺すると思い込んでいました。
僕もうつ病でした。
亡くした人もうつ病でした。

あれから随分と時間が過ぎました。
僕は、こうして、あなたと出会えました。
あの人は、春のお月様になりました。

その違いって何だと思いますか?
自分でもちょっと不思議に思うこともあります。
(答えはサイトの中に書いています。)

たまたまかもしれませんが、
こうして出会ったのも何かのご縁かもしれません。
この出会いが、あなたの人生にとって
変るきっかけになれば嬉しく思います。

少し長いですが、
僕のプロフィールにおつきあい頂けますと嬉しいです。

10年近くにわたる、うつ病、うつ状態に悩まされてきました。

20歳で胃潰瘍で入院し、
その数ヶ月後にうつ状態になり、
ベッドから起きられなくなりました。

うつ病から抜け出すと決め、
心理学、カウンセリングの勉強を始め、
まずは、京都で一番のカウンセラーになると決め、
京都心理カウンセリング
という名前でカウンセリングをはじめました。

▲もう少し詳しい自己紹介

カウンセリングを受けて、悩みが解決するかは、
クライアントであるあなたと、
カウンセラーである私の相性もとても大切です。

最後まで読んでみて、
この人の一緒に解決していきたい。
と思って頂ければとても嬉しく思います。

▲幼少期の家族とうつ病の本当の原因

父が学校の先生、母は専業主婦、僕、2つ下の弟
という4人家族で育ちました。

小学生ぐらいの時から、
何で僕は産まれてきたんだろう?というような事を
考えるようなちょっと暗い考えの子でした。

父が学校の先生ということもあり、
・ちゃんとしなければいけない
・人に迷惑をかけるようなことをしてはいけない
・勉強はできないといけない
・親の言う事はちゃんと聞かないといけない

というような事を思っていました。

小さな頃に親に言われていたことは、
「勉強しなさい」
いつもそんな風に怒鳴っているお母さん
というのが、僕の家族のイメージで。
家族の中に居場所がなく、
苦しい思いをしていた記憶があります。

この家族の中にいちゃいけないんだ。
そんなことを思っていました。
**この思い込みが、うつ病の一番の原因です。

こういうことを書くのに抵抗もありますが、
高校生の頃は、あまりにも両親の締め付けが
苦しかったため、
正直、両親を殺してやろうと思ってました。

そうでもしない限り、
僕が僕らしくいることを、禁止されている。
弟みたいに勉強を頑張って、
いい成績を取って、いい学校に行くということを
目指すことをしようとしない僕は、
存在する価値すらないと本気で思ってました。

でも、どこかでそれは苦しいし、
ホントは違っていると思っていたので、
こんなに苦しいのは、
両親が、僕に色んなことを求めるから
僕はこんなに苦しいんだって。

ずーっと親を心の中で責めてました。

▲胃潰瘍で入院

そんな僕にも20歳の時に彼女ができました。
凄く好きだったことを今でも覚えています。

彼女の家に遊びに行ったり。
彼女がご飯を作ってくれたり。
2人で少し出かけたり。

ただ、そんなに長く彼女とは一緒にいられませんでした。
彼女と別れた1週間後僕は胃潰瘍になって
入院することになりました。

それだけ、当時の僕にとってその彼女は特別な存在で。
僕に無くてはならないものだったんですね。

自分の存在には価値がないと思い込んでいるから、
誰かにどうにかして認めてもらわないと
自分がいる意味がないって思ってたんです。

だから、彼女がいなくなった途端、
僕は胃に穴が空きました。

▲心療内科通院歴

22歳〜27歳までの5年間
心療内科に合計3カ所通いました。
1左京区の心療内科で診断書をもらい
2大学病院で心理テストを受け
3中京区の診療内科 に 数年通いました。

当時の診察券の予約表がこれです。
これだけ沢山通って、
勿論、投薬治療も受けていたのですが、
全然治りそうな気配もないし、
いつになったら元気になれるのか?
と何の希望もなかったのですが、
それしか選択肢がなかったので、
心療内科に通い続けていました。

▲父のうつ病と休職

僕がうつ病であるのと同時期に、
父もうつ病で休職していました。
トータルで、数年間休職していたと記憶しています。

自分がうつ病の当事者であると同時に、
家族がうつ病になったという経験もありました。

▲カウンセリングへの不審:ハローワーク時代

アラサーと言われるような年齢になったものの、
アルバイトしかしたことがなく。
しかも、仕事は数ヶ月しか続いたことがありませんでした。

そんな僕にも、その時側にいてくれる彼女がいました。
何とか彼女の為にも働いて、
一緒にやって行きたいそう思って、
ハローワークに通いました。

まず、ハローワークで言われたことは、
1ネクタイをしてくること。
2履歴書を書いて来る事

この2つのことを言われました。
だけど、僕にはこの2つがどうしてもできませんでした。

ネクタイはしようとすると、
息苦しくてオエッって吐きそうになります。
履歴書にはかけるような職歴もなく、
それに向き合うのは辛過ぎて書けませんでした。

そうして、就職することを諦めました。

ちなみに、その時、
お話を聴いてもらうような、
傾聴型カウンセリングを 30回以上うけましたが、
全く効果がなかったので、
僕は、カウンセリングって友達に話を聞いてもらった方がマシだ。
という思い込みがその時にできました。
(後にこの思い込みは変ります)

▲心理学との出会い。

心理学との出会いは、友達にすすめられて、
カウンセラーになる講座の説明会にいったことからでした。

ハローワークで受けたカウンセリングが
あまりにも効果がなかったので、
絶対にカウンセリングの勉強なんかしても意味がないと
思い込んでいました。

だけど、30歳も手前になるのに、
ハローワークで仕事も見つけられなかったんだから、
とにかく話しぐらいは聞きに行ってみよう。
そう思って、カウンセリングの講座の説明会に行きました。

それが、心理学との出会いです。

 

▲自分に与えられた時間 50年の時間をどう生きるのか

 

僕は本当にたまたまラッキーでうつ病が治せて、
元気に働けるようになりました。

僕は23歳の時に自殺すると思っていました。
それは、大切な人の自殺で亡くしたからです。

僕もきっと、いつかこんな風に骨になるのか。
そんな風に思っていたことを覚えています。

でも、僕は今、本当に元気になりました。
そして、元気になった僕は、
1人でも多くの人にこの経験を知って欲しいと思っています。

▲長い間、投薬治療も受けていましたし、
お医者さんにも沢山通いました。

確かにお薬は必要だったし、
無意味だったとは思いません。
ただ、あの白い粒を飲めば僕は元気になれると思えませんでした。

データもでています。

厚生労働省のデータです。
なんとうつ病患者のうち、薬で完治するのは約3割とのことです。

もし、あなたが、その3割に入るなら、
僕のカウンセリングは必要ありません。
ただ、7割の薬だけでは治らないタイプなのであれば、
カウンセリングが非常に有効です。

何故ならば、あなたが今悩んでいるその
悩みの根本原因は幼少期にできた間違った思い込みだからです。

例えば、僕にはこんな思い込みがありました。

▲ありのままの僕はダメだ、弟みたいにならないといけない。

こういう思い込みを持っていたんです。
僕は勉強ができてなくて、
母にいつも大きな声で怒鳴られていました。
時には物が飛んで来たり、叩かれることもありました。

「なんであなたは、こんなことができないの!」

こんな風にいつも言われていたので、
僕は、弟みたいに要領よくできない凄くダメな存在だ。
というように思っていました。

家族の中にいちゃいけないし、
凄く邪魔な存在で生きてる価値なんてない。

本当にそう信じ込んでいました。

そして、この思いは、
なかなか取れませんでした。

凄く。薄く薄くなったけれども、
今でも自分の中には残っているとは思います。

それぐらい。
幼少期の体験というものは強烈なものです。

 

▲それでも楽しく幸せになれます。

僕は、そんな幼少期それから、
心理学を勉強するまで、
本当に辛いことが多かったなぁと思います。

そのせいだと思うのですが、
僕は未だに幼少期の記憶がほとんどありません。
ただ、カウンセリングを受ける中で少しずつ
思い出せるようにはなってきています。

僕にはとても大きな目標があります。
それは、こういう心理学のことって、
どっかでみんなが等しく知れる機会があればいいだけなのに。

そうです。

ただ、知識がないだけで悩み続けている人がどれだけいるか。

僕は凄く不思議だったんです。
何で弟は、勉強もできたし、仕事もあるし、普通に暮らしているのに、

同じ親から産まれて来て、
遺伝子的にはそこまで変らないはずななのに、
何でこんな病気になってしまう兄と、幸せな弟。

これは僕の人生の中にある大きな疑問でした。

その違いは、思い込みの違いだったんです。
僕はそれを知った時に、
なるほどな!と思いました。

同じ両親から生まれ、
同じ家で、同じものを食べて、
親は同じように育てたつもりだというけれど、
20年、30年経った時に、
何で人生ってこんなに違っているんだろう?

学校の同級生もそうです。
数年前まで同じ教室で同じ先生の話を、
同じ教科書を使って聞いているのに、
10年の立てば、幸せに暮らしている友人がほとんどで、
僕みたいに、仕事がないような友人は1人もいませんでした。

幼少期の思い込みってそれだけ大きなものなんだな。

ということを知りました。

ここまで読んで頂いてどうでしたでしょうか?

あなたは、今知りました。

これは30歳まで働いたこともなかった
ただのうつ病患者が、
沢山の心理学のセミナーに行き、
本を読み、沢山勉強してきて得たとても
大切なことです。

ここいはあなたの人生を変える大きな手がかりがあると
認識しています。

それは、僕にとっては友達に、カウンセラーになる勉強しない?
って誘われた瞬間と同じかもしれません。

あの時、僕は凄く迷いました。
高いし。怪しいし。これまでやったけど、効果なかったし。

やっぱり辞めようと思って、
振り込み期限のギリギリまで悩みました。

だけど、僕はいま、あの時の、自分が、
一歩踏み込んで本当に良かったと心から思っています。

その瞬間があなたにとっては、
今、この瞬間ですね。

もし、この僕のプロフィールを見て、
この人だったら、一緒に解決して行ってみた。
そう思って頂いたなら凄く嬉しいです。

うつ病はカウンセリングで克服できます。

人生は、決断の連続です。
今の人生は、無意識かもしれませんが、
全部あなたがこれまで選んで来た結果がいまここにあります。

もし、もう少し違う人生が欲しいなら、
その一歩を踏み込んでみてください。

欲しい人生は必ず手に入れることができる。
僕はそう信じていますし、
僕のクライアントさんもそんな風に、
欲しい未来を手に入れていっておられます。

僕には夢があります。
それは、この世界からうつ病をなくすことです。
理論的には凄く簡単です。

みんなが、自分の存在を、認められるようになれば
うつ病何てこの地球上から無くなります。
だって、自分がここにいてもイイって思えたら、
死にたい気持ちに何かならないですよね。

それには、まだまだ時間がかかると思います。
だけど、23歳に大切な人を亡くしてから、
今年、もう10年になります。
僕は33歳になりました。

だから、僕に与えられた残りの時間は、
亡くした大切な人のためにも、
1人でも多くの人の幸せのお手伝いがしたいです。

そんな風にあなたのサポートもさせて頂けると
嬉しく思います。

人生を変えたい

そんな、あなたにお会い出来る日を楽しみにしています。

僕には1つ大きな夢があります。

こんなに大きく書くのはちょっと恥ずかしいけど、聞いてください。

それは、
僕みたいに、1人で悩んでいるあなた。
僕みたいに、うつ病だけど、誰にも相談できないあなた。
僕みたいに、うつ病が治らないと思い込んでいるあなた。
僕みたいに、仕事が続けられなくて落ちこんでいるあなた。
僕みたいに、家族がうつ病だけど、どうしていいかわからないあなた。
うつ病が治るものだと思っていない医療関係者のあなた。
教育関連の仕事をしているけれど、心理学の事をしらないあなた。
職場のにうつ病で休職している人がいるけれど、何もできないなと思ってるあなた。

そんな人たちを、0にすることです。
ちょっと大きすぎる夢かもしれません。

もしかしたら、僕に残された人生では達成できないかもしれないけれど。
それでも、僕は少しでもそんな世界に近づけていきたいと本気で思っています。

うつ病って、なったとしても、元気になれるんだよね。
そんなの普通だよね。

そんな世界を一緒につくっていきたい。
そんな思いに共感して頂ける方のサポートをさせて頂きたいです。

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